太地町住民各戸へ郵送された「ザ・コーヴ」のDVDについて

今年(2011年)2月に、昨年アカデミー賞を受賞した記録映画「ザ・コーブ」の日本語版DVDが、和歌山県太地町のすべての住民に郵送されたという。メディアその他が『「ザ・コーヴ」ばらまき事件』として取り上げ、犯人探しのような雰囲気が感じられる。もしこれを『事件』というなら、あまりにも過剰な反応であり、すべてのDM発送が事件扱いされることになるだろう。

DVDを送った団体の意図は明確ではないが、おそらくは太地町の住民にイルカの追い込み猟の実態を知らせたかったのだろう。だが、映画公開から1年近くも経て、さまざまな批評や批判が出尽くした現在、DVDには新鮮味はない。さらに太地町の町長及び漁協や行政執行部によるこれまでの発言や、マスコミの報道を考慮すれば、太地町の住民が送られてきたDVDを先入観なしに鑑賞することは難しいだろう。しかも筆者の知る限り日本語版には、明らかな間違いがある。ドキュメンタリーに内容的な誤りがあるのは許されないことだ。一つでも誤りがあれば、すべての事実が疑われることになる。もし誤りを訂正しないDVDが各戸に送られたとしたら、送り主の意図はまったく伝わらないだけでなく、反感だけを買う結果になる。

「ザ・コーヴ」は日本でどのように受け取られたか?

「ザ・コーヴ」には、日本のイルカ追い込み猟、野生動物を捕獲して展示する水族館問題、イルカ肉の水銀問題、水族館のイルカの解放に生涯をかけた元トレーナーの信念と活動など、さまざまなテーマが詰め込まれている。しかし、話題になるのは、きまって太地町の入り江で追い込み猟が「隠し撮りされた」こと、「牛・豚肉を食べているのに、イルカ肉は食べてはいけないのか—日本の食文化はどうなる?」という浅薄な発言であって、イルカの追い込み猟そのものが野生動物や自然界にどのような影響を与えているか、水族館のイルカはどのように捕獲されるのか、人間は野生動物にどう向き合っていくべきか、動物と人間の命の問題、現在国際的に問題になっている水銀問題などについては、話題にもならない。

記録映画「ザ・コーヴ」の上映禁止に奔走した団体もあった。上映禁止に同調する学者や国会議員までいたという。しかし、この映画を好むか、嫌うかとは関わりなく、この映画には現在の日本が描かれている。世界各地で上映されたこの映画を当事者である日本で上映禁止にしようとするとは、民主主義国家とも思えない、あまりに愚かな行為である。この映画の評価は海外では高かったが、日本では評価が真っ二つに分かれ、反発も激しい。しかし、そういう映画だからこそ、多くの人が見て考える価値があるといえる。ところが日本では、まずこの映画を公開上映するかどうかが問題になり、映画を実際に見てもいないメディアがセンセーショナルに映画の批判を書きたて、イルカの追いこみ猟について十分な調査もしないテレビ局が安易な番組を作って放送した。この映画によって日本社会の幼児性と事なかれ主義、そして、国際感覚を欠いた国粋主義が明るみに出されたと言っていいだろう。

本会の試み

本会では昨年、数回にわたって、誤りを正した「ザ・コーヴ」修正版の自主上映会を行なった。しかし、映画公開が決まって版権問題が生じたため、自主上映会ができなくなった。本会は「ザ・コーヴ」の自主上映会の際には、同時にシンポジウムや話し合いの会を催して参加者の質問に答え、また、参加者の意見を聞いた。映画の上映だけを行なったことは一度もない。

「ザ・コーヴ」の内容を偏見なく、より良く理解するためには、ただ上映しただけでは足りない。

それは、この映画が、これまで日本の社会でほとんど問題にされてこなかったテーマを扱い、しかも上映に先駆けて不確かな情報が一部のマスコミに興味本位に取り上げられていたからである。映画の内容を深く理解し、日本に突き付けられた問題を考えるには、日本のイルカ猟、水族館の現状、水銀問題についての概要を、まず知る必要がある。

本会は「ザ・コーヴ」の上映会を伴うシンポジウムや話し合いの会で、参加者にアンケートを実施し、365名から回答を得た。その結果の概要は次のようなものである。

映画そのものの感想については、さまざまな意見が出された。しかし、「ザ・コーヴ」をつまらない映画だと答えた参加者はわずか1%にすぎず、21%が面白い映画だったと答え、66%の参加者が「考えさせられた」と回答した。

イルカの追い込み猟の今後

本会はイルカの追い込み猟は中止すべきだと考えて、さまざまな活動を行なってきた。イルカの追い込み猟の実態をマスコミに訴えることもしてきた。しかし、それを取り上げて記事にするマスコミはごくわずかにすぎなかった。

映画「ザ・コーヴ」は、日本のマスコミがこれまで報道してこなかったイルカの追い込み猟の実態と、国際的な関心事になっている水銀問題を描き、真実の日本の姿の一部を広く伝えることに大きく貢献したといえる。前述したように「ザ・コーヴ」には日本が真剣に向き合って考えるべきことが多く語られている。にもかかわらず、この映画は、いまだに日本では「隠し撮りの是非問題」と「西欧による日本の食文化に対する不当な抗議」としてしか取り上げられていない。

本会が行なった「シンポジウム・話し合いを伴う自主上映会」では、参加者の68%が、修正版「ザ・コーヴ」を見たのちにイルカの追い込み猟は中止すべきだと考えた。日本の現状を知り、考えをめぐらすこうした人々の存在が、追い込み猟の是非を決め、猟を中止に導く力となる。このことは、正しい情報を提供し、話し合うことが、いかに重要かを示している。太地町へのDVDのばらまきは、偏った日本の現状を打破しようとする試みであったのかもしれないが、短絡的な行動だと言わざるを得ない。

一方的にDVDを送りつけるだけでは、イルカの追い込み猟の問題は解決しない。

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